2020年8月23日日曜日

誰もいらない

 「あの時」なんてない。あの時なんて存在しない。

死んだ方がよかったんだろうかと思うことがある。まだ死なない、死にたくない、まだ死にたくない、きっとこれから良いことがある。そう思って、改めて考える。良いことって何だろう。良いことって、何が待っているんだろう。良いことを具体的に想定できない私に、良いことは、起こるんだろうか。

手首を切ったり髪の毛を切ったりガリガリにやせ細ったりすれば、誰かが私の辛さを分かってくれるんだろうか。10代の少女が好んで読むファンタジーな小説みたいに、いつか私の全てを分かってくれる人が現れて、理解者を得た私は幸せになってハッピーエンドを迎えるのだと思っていた。幸せを得て、ハッピーに暮らすのだと思っていた。ある程度大人になって大きくなった私が学習したことは、そもそも「幸せ」という定型や、「落ち着いた暮らし」という定型を持たない私が、どうやってそれを感知し得ることができるっていうんだ、ということ。神さま、そりゃないぜ。

***

インド映画の音楽を流しながら、歌詞を見なくても諳んじて歌える自分、歌詞の意味を追いかけることが楽しくて一生懸命だった自分を思い出して、どうしようもなく泣けてきた。自分の好きなことや楽しいことに集中できたのは、私が非常に恵まれていて、健康でお金の苦労もせず、将来を憂えることもなく、自分の悩みや苦しみだけに真っ当に向き合うことができていたからだ。今の私には、そんな時間もない。殺してくれ、もしくは死にたい、あるいはよく眠りたい、と思う。ときどき外に出ると、包丁を持って誰かを刺し殺したら、私が辛かったって、みんな分かってくれるのかなって、思ったりする。SOSはいつも届かない。助けはいつも来ない。誰も助けてくれない。だから、私は、誰もいらない。

0 件のコメント:

コメントを投稿