2014年4月26日土曜日

私は元気です

 大学生のときから使っていたパソコンが急に壊れた。ドバイとアブダビに行ったときの写真をFacebookにいるインド人友達に自慢しようとアップしている途中で。インド行きを計画している頃、自分の両目に治らない病気があることが分かった。16年間一緒にいた猫は死んでしまった。落胆した。泣いた。念のため、何のための念のためか分からないが、他に何か悪いことがあるとすれば以前から気になっているこの病気ではないかと思ってエイズ検査を受けた。結果は陰性だった。陽性だったら過去の男性たちに連絡を取ろうと思った。陰性だったから、誰にも連絡を取らなかった。

 悲しいことがたくさんあって、涙で呼吸ができなくなるときのことを思い出して泣いた。せっかく希望の光が見えたのに、せっかく好きなことを見つけられたのに、せっかくインドに行かれると思ったのに、私の未来は明るく開かれていると思ったのに、もう悪いことはしないと誓ってやめたのに、今までの行いが悪かったせいか、私が人を傷つけすぎたせいか、それとも、今までが、あまりにも恵まれすぎていたせいか、なぜか、私に、悲しみが、立て続けに、起こる。そう思った。

 本当に辛かったとき、ずっどYoutubeでインド映画のダンスシーンを見ていた。好きな俳優がニコニコしながらきれいな景色の中で踊っているのを見ると、悲しみを忘れることができた。うっとりしてその映像に見入っているときだけ、悲しみを忘れることができた。あるとき、一番好きな歌は何と言っているのか気になって(ヒンディー語だったから分からなかった)、英語の歌詞を探して、それでも分からないから一単語ずつ訳して調べた。「君の心配事から、ウィンクして手を離して」「深呼吸をして、崖っぷちから戻っておいで」「だって人生は瞬きのうちに過ぎていってしまうから」拙い訳だけど、そう歌っているらしかった。過呼吸癖がなおらず、心配性で、眼科にかかっている、私のためにあるような歌だと思った。私はその偶然を誰にも言わなかった。だけどやっぱり、私はインドに行かなくちゃ。そう思った。

 ときどき、揺りもどされる。辛かったときに、悲しかったことに、恐ろしかった記憶に。だけど、十代の私をあれほど支配していたはずの諸々の「不幸な」記憶は、不思議なほど思い出されなくなった。はっきり言って、ほとんど思い出されなくなった。あのあと、それよりも辛いことが、山ほどあったから、自分で選んだ不誠実な男性たちとの不純異性交遊や、自信喪失の結果としての、あるいは偽りの自信をつけて回復するための自傷行為よりも、自分で選ばないのに、結果として向き合わねばならなかった諸々の避けられない悲しみの方が、よほどよほど私を苦しめ痛めつけたので、過去のそれぞれのことを、はっきり言って、ほとんど思い出されなくなってしまった。

 だけどときどき、思い出す。自分にとても似ている男の子を好きになって、だけどその男の子はまるで私を人間扱いせず、いつも二人してどうやって死ぬかを話しながら、夜の、人の寝静まった住宅街を、ペットボトルのお茶だけを持って、探検しながら一緒に歩き回った男の子のことを、思い出す。
あのあと、私と男の子の共通の知り合いであるとてもきれいな女の子と会った。彼女は高校生のときと少しも変わらず、相変わらず、立っているだけでその場で一番目立つ、その場で一番きれいな女の子だった。彼女は、いま別に付き合っている人がいるけれども、まだその男の子のことを忘れていないと言った。「それを知ったら、すごく喜ぶと思う」と私は言った。「彼女が、まだ君のことを覚えていたよ」なかなか人に面と向かって言えないような職業に就いたであろうその男の子に、彼女の言葉を伝えようと思って、だけどやめた。人に言えないことはしない、悪い方向に戻ってしまうことはしない、私はそう決めたので、そうしてその男の子に連絡をとることは、私を過去へ引きずりもどす一番簡単な方法だったから、私は、しなかった。

 インド行きの準備をしているとき、過去の恋人から連絡があった。しばし当たり障りのないやり取りをして、いま別に付き合っている恋人がいるというその人を、彼女に悪いからと言って遠ざけた。半分は、本心であったし、残りの心の半分では、復讐されている、と思った。

 私は、過去、恋人とうまくいかなかったとき、件の男の子と連絡を取り合った。悪意の上でやったことだった。どうにでもなれ、と思っていた。結果的に、そのことが原因で、私たちは別れることとなった。そうして今、過去の恋人は、現在の彼女とうまくいかないという理由で、私に連絡を寄越してきた。あれほど私を責めたのに、あれほど私の不貞を許せなかったのに、その彼が、私を相手に、同じことをしている。怒りはなかった。ただ復讐されていると思った。彼に悪意はない。彼に他意はない。彼はただ酔った勢いと、もしかしたら寂しさから、私という過去に接続しようとした。私は、過去から、自分自身の過去から、復讐されていると思った。過去に自分がしてきたことはすべて、自分自身に返ってくるのだと、思わされることだった。

 6年勤めた会社をやめた。私はインドに行くことにした。そういうわけで、久しぶりに頑張ってアカウントやパスワードを思い出して、ログインして、書き出してみたら、案外いろいろあった次第。私は元気です。