高田馬場の早稲田松竹にて「苦役列車」見る。クリスマスイブに名画座で一人で「苦役列車」なんて、きっと館内はガラガラで、同じく暇を持て余した映画好きの同士とともに静かにひっそりと個人的に映画を愉しめて、なかなか渋い良い選択じゃないかと一人で悦に入っていたが、チケット売り場に人が並んでいるのを見て面食らう。「苦役列車」「ヘルタースケルター」の二本立ては立ち見も出るほどに混んでいた。早稲田松竹は名画座の名に似つかわしくなく小綺麗で立派な映画館だった。
どうせつまらないんだろうと思っていた「苦役列車」は、これが案外、とても良かった。もちろん私が原作者の西村賢太好きであり、主演俳優の森山未來好きであることで幾らか評価に下駄を履かせてしまっている感はあるが、期待していなかった分だけより面白かった。何よりも、直前のスタッフ名簿(というのか)で脚本がいまおかしんじさんであると知ったこと、顔は見るが名前が分からなかったAV男優さんが出ていたこと、家に帰ってから、その人の名前が花岡じったと言い、しかも在日朝鮮人二世であることが分かり、興味のあったことにさらに近づくことができた。単純に嬉しかった。鑑賞中、それぞれ一人で見に来ているらしい私の隣りの男女の鑑賞態度も良く、苛々させられなかったのもまた映画を見るのにとても助かった。
この日はきっとすごく混雑しているであろうと、時間的な余裕がなかったこともあり我が心の聖地・新宿は素通りして地元の図書館のある駅で降りる。図書館の前にケーキ屋に寄りクリスマスケーキを買い求めるが、期待したいつものケーキは既に売り切れてしまったといい、この日のために用意したと思われる少し大きめのクリスマス仕様のケーキが三種類残っているばかり。今日、家にいる家族の人数に少し足りなかったのでとりあえず三つ求め、場所を移動して別なケーキ屋に行ってまた四つほど求め、手にずっしりと重い二箱のケーキを携えて図書館へ行き、予約していた本の受け取りと、年末年始の休みのために貸し出し期間が延びるであろうことを当て込んでいつもより多めの冊数を借りて帰る。写真は撮り忘れたので一個もない。
帰路、むかし好きだった人のことをちくちくと思い出し、その人の動向をネットで追えてしまう現状を呪う。もう二度と会えない、もうどこにいるかも分からなければ潔く諦めることもできるのかも知れないが、名前や所属などで検索すれば今どこで何をしているかすぐと分かってしまう、またその相手が意図せずとも自らの現状と交友関係とを全世界に向けて発信しており、私のように執念深いネットストーカーはただその情報を拾い集めて相手の現在を割りに現実のそれに近い形で推測することができてしまう、その現状がありがたくもあり疎ましくもある。見えなければ、知らなければ思い出すこともないのに、見えてしまう、知ることが簡単にできてしまうので、気になってしまって仕方がない。だけれども深追いするのは危険だし、後戻りするのも嫌だし、何より根本的にこの問題は私の「寂しい」という素直で手に負えない感情に由来する、いつもの自己愛がねじれこじれ自分で自分の首を絞めている状態がもたらしているもので、それを解決しようと安易に見知らぬ他人の体温を求めるほど私は若くも純情でもない。
家に帰ると丸焼きの鶏を父が買い求めていてびっくりし興奮する。さらに大きい机のうえに置いてあった「映画が愛したソウルのロケ地」という本を見つけ、これは何かと父に問うと、父の古い友人で先に私も箱根で挨拶をしたTさんの奥様が犬の散歩がてら届けてくれたのだと言う。Tさんは韓国で大学の先生をしている人で、私が自分の仕事のことも絡めながら、韓国映画が好きでいつか韓国に行きたいと思っている旨のことを箱根で話したとき、「君にぴったりの本があるからあげる」と言ってくれたのだった。これはそのときの口約束を忠実に果たしてくれて、今日、私の手許に届けられた。びっくりした。嬉しかった。今日一日の行動を振り返って手帳に書き付けていると、今日という日がそういえばクリスマスイブであることに思い至って、ああこれはクリスマスプレゼントなんだと思うとより一層うれしさが増した。お礼の連絡をしなければと思いながら先にネットの日記に書き付けてしまっている辺り私の無精な所が出てしまったが、しかしお礼をしなくては。
東大門で工事が進められているザハの「デザイン・プラザ」は来年に完成すると聞いている。それも見たいし、何よりギドクの事務所まで行って韓国語で「私は日本のあなたのファンです。日本にはあなたのファンがたくさんいます」と言いたい。もちろんそれは非現実的な絵空事の理想の話だが、それくらいの気持ちが「アリラン」を見てから芽生えた。無理解に傷つき怒るただの繊細な人間かと思いきや、やたらと自己愛が強く自己評価の高い、自分が大好きで自分を受け入れてもらいたくて仕方がない、だけれども現状その欲求が通っていないからとてつもない不満足を覚えている、とても傷つき易い、しかも食べ物に例えるならばらっきょうみたいな顔貌をしている五十男が、私はやっぱり好きで好きでたまらない。
現実世界で韓国の話をすると、やはり、どこか、白眼視されるような気がしているが、やっぱり建築にしろ映画にしろ面白いものは面白いのだ。そうして私は在日朝鮮人と呼ばれる人達に特別の興味がある。理由はよく分からないが、とにかく興味がある。だから今日、あの強面の体格のいい男優さんが花岡じったさんというお名前で、しかも在日であるということが分かって、とても気分が良い。
気分が良いついでに来年のアピアの友川かずきライブも予約してしまった。映画を見たり旅行に行ったりするとお金がどんどん消えていくのだが、でもそうしなければ自分の内側に濁って動かない澱の中から聞こえる後悔と絶望のような声に抱きすくめられて本当に可笑しくなってしまう気がして、とにかく興味のある気持ちのいい方を目指して走っていきたい気分でいる。
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