パク・チャヌク特集を見るため、初めてキネカ大森に行く。もう幾度か見た「復讐者に憐れみを」をもう一度みる。最初に見たほどの衝撃はなく、思っていたほどの思い入れもなくなっていた。緑色の頭の優男はとてもかわいいが、今回は残虐描写ばかりが目についてしまった。中身を知っている映画だと、次にどんなシーンが出てくるか分かるので、どうしても頭の中にある記憶をなぞらえるような見方になる。それは自分の記憶と答え合わせをしているようで、のめり込むというより、次は何だっけ、と先んじて思い出すことに神経を遣ってしまう。つまらない映画に2時間を費やすのはどうしようもなく苦痛だが、知っている映画の答え合わせに時間を遣うほど、私の時間は無限にないと思ってしまった。韓国映画を立て続けに2本みる元気もなく、その一本だけ見て映画館を出、大森という街を散策してみる。
昼餉が食べたくて入ったベルポート大森の天井に、度肝をぬかれる。空腹と残虐描写でくたびれていた心が、少し弾んで写真を撮ってみる。
昼餉が食べたくて入ったベルポート大森の天井に、度肝をぬかれる。空腹と残虐描写でくたびれていた心が、少し弾んで写真を撮ってみる。
狙いをつけていたのはインドカレー屋かセルフうどん屋なのだが、客の誰もいないことにたじろいでしまい、インドカレー屋を諦めてセルフうどん屋に入る。釜玉とかぶっかけとかいう名のうどんの内容が、いつもよく分からないが、名前に惹かれて、また自分で作ることもできないので、しばしば頼んでしまう。そうして揚げ玉未満の天かすと少し乾いた長ねぎ、生姜とそこに用意されていたトッピングを全部まぶしてみて、これで良いのかな、といつも思う。釜玉や温玉に代表されるうどんに私が戸惑いを覚えるのは、そこに何がのるものか判然としないからだ。それでも食べられれば良いだろうと大雑把に肯定し、食べ始める。くずれた玉子と天かすと生姜が絡んだ全体にきつね色の有耶無耶を口に運び、咀嚼して飲み込む。うどんは、もしかしてあんまり噛まないのかなと疑問を覚えながら、ずるずる食べる。そばよりうどんが好きだ。
腹が張ったので散歩に出る。大森から海が見えるはずだ。地図を確認して京急線は大森海岸駅の方へ歩く。風が冷たい。道路が広い。そして平たい。しかも真っすぐ伸びている。街の中にほとんど起伏が見られない。大通りを一本逸れた細い道でも、大通りに対して道が垂直に、ずっとまっすぐ向こうまで続いていて、その細い平べったい道に対して唐突に、垂直に背の高いビルが建っている。不思議な感じを覚える。私の育った街は、細いくねる見通しの悪い道ばかりなので、その通りの向こうまで見渡せる景観に違和感を覚える。海が近いのだと納得する。山がないから、平べったい敷地に広い面積の建物が建て易いのだろうと推測する。第一京浜の海側に渡ると、かすかに磯の香りがした。
初めてみた平和島競艇場
キネカ大森 来週から3月までキム・ギドク作品を上映するようだ。
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