姉に付き合って御徒町・上野へ行く。バイク用品の店があるというので、そこら辺を歩く。ヘルメットや手袋を見てまわる。よく分からないで帰ってくる。上野の駅構内にある本屋で人にあげる図書カードを買い、そのまま店内に吸い込まれていってしばらく立ち読みをする。
昭和通り沿いの店をふらふらと歩いて回ったが、あそこら辺は夕方から何をしているか分からないで通りで煙草を吸っている男の人が多い。何語か分からない言葉を喋っていて、あちこち見て歩いている、そこら辺に不慣れな田舎者の私を見て、こんな所に何をしに来たんだと笑っているような気がした、のは私の自意識が過剰なせいか。新橋に行ったときも思ったが、昼間から借金取りバッグを片手にふらふら歩いている人は一体どんな生活をしているのだろうか。そこに興味がある。そうしてそこに興味を持つほどに、私は世間ずれしていない、ある意味で暗い危ない所を何も知らずに幸せに育って来られたのだなと思う。それはありがたいことであるのに、どこかで何も知らないことを恥ずかしく引け目に思っている自分がいる。
歩きながら思い出した。「御徒町に古いバイク用品店があって、むかし行ったことがある」「御徒町ってどこ」「上野の近く」「上野って美術館があるところ」「そう、不忍池があるところ」「最初に会ったところだね」「そう、初めて会ったところ」なんで駄目にしてしまったんだろうと思う。なんでもっと大切に出来なかったんだろうと思う。一日のうちで何度も気が変わり考えが変わる。嫌だ、という否定の意志ははっきりとあるのに、こうしたいという積極的で肯定的な意志が持てない。自分のなかに見つけられない。だから何も考えない。思考停止をする。
初めてみたジャイアントパンダ

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