2012年9月20日木曜日
連休中
夏休みをもらい損ねたので、9月になってから休んでいる。カレンダーをあまり把握せずに、連休中の4日間の休みを申し出たところ、都合9日間も休むことになった。嬉しい限りだが、もともと無為無策で何も考えておらず、くわえて出不精かつ人見知りのため、あまり出かけもしないでぼーっと家にいる。掃除をしたり外出したりするものの、何だか気持ちが落ち着かないでいる。
気が付けば水曜日だったので、映画でも見ようかと思い色々調べてみる。昼間から映画館に行くなんてことは滅多にないし、映画館のはしごなんて贅沢だと思うが、見たい作品はすでに終わっていたり、ちょっと興味はあるが単館系でレディースデイ割引を設けていなかったりして、あれこれ検索する間に疲れ果てて結局となり町までさっと行ってすぐと帰ってくる。来年の春先の旅行のために薄手のコットンのズボンや脱ぎ履きしやすいスニーカーが欲しかったのだが、新宿まで出張る元気がなく近場へ行ってみる。けれど化粧の濃い店員さんに話しかけられ、もうそれだけで意欲が削げてそそくさと店を出てしまう。こういうときは自己嫌悪に陥る。陥るけれども、苦手だから致し方ない。そうして店員さんもお仕事だから私のように見た目が世間一般の流行に意図して乗っていないのか乗れないのかよう分からない、何を目指しているのか不明瞭で、もしかしたら日本人でもないかも知れない(ときどき外国人に「僕ノ国ノ人ニ似テル」と話しかけられる)人にも話しかけないわけにはいかなかったのだろう、と納得する。オリーブの石けんを買って帰る。
頭のなかで自分に都合の良いストーリーを作って、半分ほど妄想世界の住人として過ごしている。人目があるときは自制するが、ないときは殆ど独り言をしてしまう。昔からその傾向はあったが、恋人と別れてから特にその傾向が強まったように思う。あるいは、恋人のいる期間が長かっただけで、思い出せないほど以前には、私は同じように独り言と妄想で孤独をやり過ごそうとしていたのかも知れない。これで、人目も気にせず衆人環視の状況で独語空笑などしてみせたらもう間違いなく狂人気狂いのレッテルを貼られるのだろうが、私は自覚があるので間違っても狂人などではない、と自分につらつらいい聞かせている。さて私のたがが外れて人前で己の妄想を話しだしてしまうのはいつなのだろうか。私はいつおかしくなってしまうのだろうか。それとも、こんな独り言をしてしまうのはもう充分におかしい証拠なのだろうか。
おかしいということに自覚がある限り、私は永遠に狂ったりできないのではないかと、そっちを不安に思ってしまう。人事不省、前後不覚、我を忘れて夢の中。それが私の信ずる、ある意味で理想とする、幸せの一つの形だ。我を失うこと、自覚がなくなること、自分と自分の立ち位置について、世の中から客観的に見た自分そのものについて、自覚がなくなること、それが私の考える幸せなのだから、私はちょっと可哀想だと思う。
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